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あらゆることに なれうるもの

 投稿者:ねこ  投稿日:2010年12月26日(日)22時57分4秒
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  それにしても、なんていう井戸を掘り当てたもんだ!それをのうのうと利用している!
じっさい、平気な顔で利用しているときた!で、慣れっこになっている。
ちょっぴり涙を流したら、もうすっかり慣れっこだ。
人間っていう卑劣な動物は、何ごとにも慣れっこになっちまう。(68)

引用はラスコーリニコフの言葉。ここで掘り当てた井戸と呼ばれているのはソーニャのこと。
貧窮の挙句、娘を娼婦に仕立てて食うようになったマルメラードフ一家を評して、
主人公の青年は「人間っていう卑劣な動物は、何ごとにも慣れっこになっちまう」と言っている。
流れに乗って読んでいけば、特に気にならないところだ。

ここでこれを引いたのは、実は『夜と霧』で引用されているから。
フランクルがアウシュビッツでの体験をまとめて、ある章の最後に
「ドストエフスキーがこう言っている、人間はあらゆることになれうるものだ」と
まとめている言葉が記憶に残っていた。
今回『罪と罰』を再読して、こんなところにあったんだと気がついた。

フランクルはドストエフスキーの言葉の方向性を正確に受けとめていると思う。
さらに、アウシュビッツの経験を考え抜くことで、ドストエフスキーの言葉に
深みと広がりを与えている。本を読むとか、先人の言葉を解釈するということは、
本来、こうしたものなのだろう。ひとつの範例として覚えておきたい。
 
 
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