名古屋市南区 本地祭り






[7] 雷車

投稿者: ゆいさ 投稿日:2016年 4月17日(日)22時45分8秒  返信

本地まつりに一時期展示されていた、雷車です。現在名古屋市博物館の3階ギャラリーに展示されています。展示室に入らなければ、基本無料です。説明板によると、名古屋空襲で焼かれた和泉町、上畠町(昔、名古屋タイムスのあった辺り)の山車「雷神車」を所縁のあった江川町の有志が、那古野神社の床下にあった車輪を使って、戦後復元した山車とありました。和泉町は材木町に近かったので有力な材木商があったのでしょう、そこに出入りしていた職人衆が住んでいたのが江川町とのことで、梶方や引綱衆を輩出した所縁があった由です。西区浅間町の富士浅間神社の祭礼で曳かれていました。平成初期、休止していたのを本地町の有志が引き取って本地まつりに仮参加していましたが、結局名古屋市博物館に寄託されています。要望があれば名古屋まつりにも参加できる筈です(オーナーの意向次第ですが)




[6] 星宮町

投稿者: sin 投稿日:2014年12月23日(火)14時40分9秒  返信

星宮町も本城町と同様に新しい住宅地です。

ここも以前は飾りつけた軽トラで本地祭りに参加していましたが、平成17年に大道組が今の山車を新調した際、それまで大道組が使用していた平成5年製作の自動車山車を譲り受けました。

2008年4月20日撮影



[5] 本城町

投稿者: sin 投稿日:2014年12月23日(火)14時34分28秒  返信

本城町は新しい住宅地です。
以前は提灯などで飾り付けた軽トラックで本地祭りに参加していましたが、平成15年に自動車をベースにした今の山車を製作しています。この山車は、大工や仏具師、仏具錺職人が協力して、町内の有志が手弁当で製作したものです。

本星崎で近年建造された山車について特筆すべき点は、彫り物、塗り、金具などは専門家の手によりますが、大工仕事は大工に協力してもらいながら、地元住民が休日を利用して手弁当で行っていることです。これによって、山車製作に要する人件費を抑えることができますが、その反面、作業に参加する住民はせっかくの休日を潰して肉体労働をすることになるので、なかなか出来ることではないと思います。

2008年4月20日撮影



[4] 大道組

投稿者: sin 投稿日:2014年12月23日(火)10時54分4秒  返信

大道組の先代の山車は、名古屋の若宮から購入したという伝承が残っていますが、古い祭礼帳などは残っていないようで、先代の山車の由来は不明です。常滑市西之口に残されている資料によると、明治9年に鉄砲津の先代の山車が本地村に売却されていることから、これが大道組の先代の山車ではないかとも言われますが、大道組の方には資料がなく確認できません。

この先代の山車も、休止後は山車蔵の中で組んだ状態で保存されていましたが、相当老朽化していたらしく、平成元年に廃棄処分されました。
その後、平成5年に自動車山車を作りましたが、平成17年に、大工さんの指導の下、毎週休日に住民が作業に当たって現在の山車を建造しました。
平成26年には萬屋仁兵衛氏作の采振り人形を山車に乗せています。
なお、大道組でお役御免となった先代の自動車山車は、星宮町に譲渡され、今でも本地祭りに出ています。

2008年4月20日撮影
采振り人形の写真は2014年9月21日撮影


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